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平成元年、第1次表敬訪問団の前に現れたエドワード・アルト博士は、
威風堂々としてまさにドイツを代表する紳士であった。博士のやさしい
心くばりに訪問団の疲れも癒されたが、その後の直入町との親密な交流
は続いた。
上の写真はバートナウハイムのクワハウスで初めて岩屋町長と対面した
時のもの。しかし、本当に残念なことに博士は平成7年5月に急病で
この世を去られた。「再び直入町を訪問する予定をもちながら」(夫人談)
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【バートナウハイム市からのメッセージ】
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治療効果のある温泉につかると気力と活力が増すのはもちろん、美容にも大きな
効果があらわれます。こうして健康を守り、回復させようとする行為は、古くからの
魅力ある楽しみでもあります。
直入町が公共福祉のために伝統的かつ現代的な手法で宝の温泉を活用して
いくことは本当に賢明であると思います。
「バートナウハイム市 ヘッセン州温泉保養事業団管理局長 エドワード・アルト」
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直入町はドイツの温泉地と友好親善交流を続けているが、最も親密に町民
相互が交流している町は、このバートクロチンゲン市である。
文化交流から経済交流にまで及んだその背景には、首長同士の深い
信頼関係があるからにほかならない。直入町からは毎年3名の研修生が
このバートクロチンゲン市に派遣され,そして同市からも多くの町民が直入町
を訪れている。
ホームスティによる相互交流が友好の輪を広げている。
(写真は国際イベントの控え室でのフックス市長と岩屋町長)
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【バートクロチンゲン市からのメッセージ】
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すばらしい温泉と景色に恵まれた直入町を訪問された皆様に、平和と自由が与えられる
ことをお祈りいたします。わが町と直入町は友好親善関係を深めていますが、直入町の
友人としてアジアとヨーロッパの温泉文化がともに発展し、未来の世代の健康に役立ち
ますよう祈念いたします。 1994年3月15日 ドイツ バートクロチンゲン市
市長 ウォルフガング・フックス
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ヨーロッパで最も人気の高い温泉リゾート地が、このバーデンバーデン市
である。ラング博士はそこの観光局長という重要なポストについておられた。
日本でも各地でクワハウスの指導にあたってきた実績から日本国内でも
広くその名を知られている。それでいて非常に庶民的なやさしさにあふれ、
直入町からバーデンバーデン市を訪れる若者は、町の案内を受けたり
家庭に招待されたりと、今でも暖かいお迎えをいただいている。
(イベントで若者と再会を喜ぶラング博士)
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【バーデンバーデン市からのメッセージ】
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水はお米の糧です。お米と水は人間の糧です。人間はお米と水を使って体を
洗い清めます。直入町が自然界から授けられた生活の泉を貴重な宝として
認識し、未来の世代のために保存するよう望んでいます。
1994年 バーデンバーデン市 観光局長 シグルーン・ラング
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カルロビバリーはドイツ占領下の時代、カルルスバードと呼ばれた。
あの御沓重徳氏らが残したチラシのコピー「東方日本の長湯温泉、
西方ドイツのカルルスバード」にある、その憧れの土を踏んだのは
第2次経済視察団であった。そして、ブラホビッチ博士は直入町の為を
思いながら、何十年も待ち続けたかのような熱いメッセージを町に
届けてくれたのである。
<写真中央がブラホビッチ博士:温泉博物館にて>
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【カルロビバリー市からのメッセージ】
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「神様は病人の苦痛を和らげるために温泉を作られた」とカルロビバリーの古文書は
教えています。直入町の温泉も神様の意思の表現ですから、温泉を利用する人は
この恵みに感謝しなければなりません。直入町の温泉は将来、国内だけでなく世界
各地からの観光客を迎えることになると思います。
外国の観光客が滞在するということは世界の人民の友好と国際理解のために
大きな役割を果たすことにもなります。たくさんの保養客が直入町を訪れるよう
希望しています。その保養客の満足は、そのまま直入町の繁栄と栄光に貢献すると
確信します。 1994年3月 チェコ共和国
カルロビバリー温泉博物館 館長 ブラボビッチ博士
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直入町には、1992年以来、ドイツから国際交流員として若者を派遣され、
直入町とドイツとの大きなパイプ役を果たされています。
ここに歴代の交流員を紹介します。
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初代国際交流員:ハイケ・フォルスターさん(1992.8〜1993.7)
<Heiko Forster>
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直入まちにとって初めての経験となった国際交流員の設置。その初代として活躍して
くれたのがハイケさん。
赴任してまもなく国際イベント「西洋と日本の温泉文化フォーラム」を担当。その後
商工会の経済視察団のミッションにも参加した。運動会や学校行事はもちろん、
農家の稲刈りなども体験し、マスコミにも幅広く登場した。
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第2代国際交流員:ヨアン・バイサットさん(1993.8〜1994.5)
<Jörn Beißert >
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7カ国語を話すという国際人で、とくに第2外国語が中国語だったことから、日本人よりも
難しい漢字を使っていた。第2次経済視察団としてドイツはもちろんチェコの温泉地との
交流にも成果を上げた。彼の働きによって、ドイツワインの直輸入が実現した。
赴任中にドイツの外交官の国家試験にパスし、現在はドイツ外務省で活躍している。
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第3代国際交流員:ビルギット・ゲスマンさん(1994.7〜1995.7)
<Birgit Gößmann>
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ビギーさんの愛称で広く町民に親しまれ、国際交流5周年記念イベントでは司会を
務めた。若者の国外研修の企画、町民行事への参加。さらには、外国語講座の
講師など忙しい毎日を送った。また、子供たちの文通にも彼女の翻訳活動が
実った。
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この後の国際交流員のプロフィールは現在調査中。
【海を越えたメッセージ】おわり...
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