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平成6年8月1日 旅に出たワイン

 九州アルプスの麓にささやかな歴史を刻んできた文字どおりの寒村は
感動的なドラマを体験した。それは、平成元年、温泉を掛け橋にして交流
が始まったドイツのバートクロチンゲン市との5年越しの信頼関係がもたら
した「経済交流」の成果、つまりドイツワインの直輸入が実現した記念
すべき日となったからである。
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商工会が派遣した経済視察団のスナップ
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この日から、「ドイツワイン」という爽やかでいて力強い響きの飲み物は、
飲み物という域を越えて新たな歴史を刻む主人公となるのである。

?太陽の落とし子?と呼ばれる果実、葡萄。
その異名どおり、葡萄ならではのみずみずしさと甘みは豊かな日差しに
よってもたらされるという。世界地図を広げてドイツの緯度を確かめてみると
ライン川中流域は北緯50度、バートクロチンゲン市で47度。つまり、日本に
置き換えると北海道の稚内あたりに位置することになる。
北緯50度といえば葡萄栽培の北限地、すなわちドイツワインは北限のワイン
といってもいいのである。
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ワイナリーの訪問風景
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その特徴といえば、まず日照不足から果皮に赤色素がつくられにくいため、
赤ワインやロゼは全体の生産量のわずか13%に過ぎない。
ドイツワインは「白」にこそ逸品が多いのである。
そして、葡萄自体の糖度が決して豊かではないため、ドイツのワイン造り
では、葡萄の完熟度をいかに上げるかが重要となるのである。

葡萄を完熟させればさせるほど糖度は増す。つまり、より美味なるワインを
造るには1日でも遅く葡萄を摘み取ればいいということになる。
ところが、ドイツでも秋の天候は気まぐれで、あと一日、あと一日と待って
いつうちに、雨や霜で全滅する恐れも出てくる。やはりここでも勘と経験が
ものを言うのだ。

そこでドイツでのワインの格付けは葡萄の収穫時期と糖度によって厳格に
定められている。
日常的に楽しむターフェルワインから、上質ワイン(QbA)、さらに肩書き付き
の上質ワイン(QmP)とランクが分かれている。そして、このQmPランクの
ワインはさらに糖度により6段階に分かれているのである。

通常期に収穫され、さわやかタイプの辛口ワインが「カビネット」、それより
やや遅れて収穫されたのが「シュペートレーゼ」、完熟した葡萄の房を選り
すぐって造られるのが「アウスレーゼ」、完熟した葡萄を特に一粒一粒選定
した「ベーレンアウスレーゼ」、そして厳寒期に凍結した葡萄を使って
造られる「アイスワイン」であり、さらに究極は干し葡萄状態になった貴腐果
から造られる「トロッケンベーレンアウスレーゼ」ということになる。
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本場ドイツのワインバーでのスナップ
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ところで、種類、とくにワインの輸入は大手商社による大量輸入が一般的で
少量の取り扱いは例が少ない。というのも、ワインは日本ではまだ一般的に
普及しておらず、消費量が思うように伸びないという背景があり、したがって
安価な購入価格を維持しようとすれば、質よりは量に頼らなければ輸入の
メリットがないからである。

加えて、国産のワインも多く出回っているのも輸入意欲にブレーキをかけて
いる。しかし、裏返せばここに最大の勝算がある。
つまり、限定の良質ワインにこだわって輸入するということ。
大手商社はコストの高い良質ワインを大量に輸入したりはしない。
小回りのきかない大手商社の裏を行けば勝算ありというわけである。

そんな訳で、直入町はQmPランク以上の良質ワインに絞り込んで挑戦した
のである。この仕掛けをj教授してくれたのは平成4年の国際イベントを支援
してくれた、あの(株)トキハインダストリーであった。

平成6年8月、国際交流5周年記念イベント「ドイツ音楽とワインの夕べ」の
開催に時を合わせて、ついに直入ラベルのドイツワインが初上陸した。
バートクロチンゲン市でワインづくりと販売、そしてワインバーまで幅広く経営
するエガットさん自慢のカビネット2000本がお目見えしたのである。
このカビネットはその年の2月、国際交流員のヨアンさんを含め、20人ほどで
試飲し選び出した期待の一品だったが、この選択は見事に的中した。
なんと一ヶ月足らずで完売してしまったのである。

「それまでのワインといえば、うちの店で年間30本ほどしか売れなかったのに
あっという間に300本も売れたんです。うれしい誤算でした」と酒屋さんは口を
そろえた。仲介役のトキハインダストリーでも「うちでもワインを売るの難しい
のに、すごい人気ですね」と大野部長さん。
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第2次経済視察団交渉の結果、直入町のための貿易会社が結成された。
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 なぜ、ワインは売れたのか。酒屋さんに分析してもらった。
「とにかく、このワインはフルーティーで甘過ぎず辛過ぎず、日本人の口に
とってもよく合ったということでしょうか。一度買ったお客さんが再びお店に
来て大量に買って行きましたから」と言う。
確かに初上陸のこのワインは、ドイツでも近年まれに見る好天に恵まれた
1990年に生産されたもの。味が一級品であったことに違いない。

しかし、大野部長さんの見方は違う。「直輸入ということで、品質の良さから
すると値段が安く設定できたこと。そしてもうひとつ、直入町がドイツと温泉
交流しているという個性的なイメージが有利に作用したからだと思いますよ。
ほかの町がいくら本物のドイツワインを輸入しても、話題にも何にもならない
でしょう。物が売れるには、その背景にすばらしいストーリーがあるということ
なんです」と話す。物を売るプロならではの分析である。

人材交流から文化交流へ、そして念願の経済交流がワインの直輸入に
よって実現した。そして第一弾の輸入ワインの成功に勇気付けられて、今年
も7種類、5200本のドイツワインが上陸した。こうした広がりが単なる経済
波及に止まらず、ワインによってもたらされる新しい食文化へと発展する
ことの期待も大きい。平成4年、経済交流を夢見てミッション団を派遣した
直入町商工会の挑戦が、いま輝く歴史となって刻まれようとしている。



【直入ラベルのワイン・ストーリー】おわり...
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